読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

人生ジユウ人間。

笑ったり 泣いたり 恋に落ちたり。そんな喜怒哀楽の裏には 一体どんな感情が 隠れているんだろう?

自由とわがままは違う。

 

 

 

わがままとは、我慢の押し売り。

 

 

教育担当のGさんに頂いた言葉です。

 

全く、その通りだと気付かされた。

 

 

私は今まで、自由に生きたい!

 

自分のために、楽しく過ごしたい!

 

苦しいことなんてしたくない!

 

そんな風に思っていた。

 

我慢なんてしなくて良いんだと。

 

なので、私は、すぐに会社を辞めた。

 

確かに私は、毎日の億劫な

 

会社勤めの我慢から

 

解放されることになったが

 

それは同時に

 

その我慢を、他者に

 

押し付けてしまっていることに

 

気づかされた。

 

私が1ヶ月で辞めることにより

 

様々な方が、多大な我慢を

 

強いられることになった。

 

私は、自由でもなんでもなく

 

ただ、わがままで自分勝手な行動を

 

してしまったのかもしれない。

 

本当の自由とは、我慢の爆弾ゲーム

 

のようなモノが存在しない

 

世界、つながりの中にあると思う。

 

私はどうやら

 

「自由」を少しはき違えていたようだ。

 

己の若さに、少し気おくれしてくるが

 

本当に今日は、それが目に染みるように

 

痛感させられた一日であった。

 

きちんとGさんらにも相談すべきだったし

 

就職時の行動決断一つ一つに

 

責任を持つ覚悟が必要だった。

 

私は、今後自分の意思決定に責任を持ち

 

みんなで自由になっていきたい。

 

本当の自由というのは、1人では叶えられず

 

1人1人が責任を持って

 

世界全体で体現していく

 

ユニバーサルフリーな時代にこそ

 

見つけられるのだと思う。

 

今日は大変、学びの多い一日だった。

 

特に私の教育をして頂いたGさんには

 

感謝してもしきれない。

 

本当にごめんなさい。

 

私はわがままではなく

 

自由に生きたいと思った。

 

 

 

 

 

時には自分を殺せ。

 

 

 

「俺は、仕事は我慢だと思ってる。

 

好きなことをして生きれる人はほとんどいない。

 

それにお金をもらっているのだから

 

仕事は苦しくて当然だし

 

時には自分を殺してでも

 

頑張らなければいけない時がある。

 

俺だってホントは遊びたいけど

 

我慢してお前に付き合っている。

 

だから、我慢できないお前は甘い。」

 

 

 

これも、Gさんから頂いた言葉だ。(大体)

 

正直に言わせて頂くと

 

自分を殺さなければ生きれないのなら

 

私は社会人じゃなくてもいい。

 

そう思った。

 

誰かが我慢している時点で

 

それは自由ではない。

 

どうせなら、自分を殺すより

 

自分を積極的にプロデュースして

 

やりたいことを仕事にしていくほうが

 

何百倍も輝いた

 

面白い人生になると思うし

 

それがユニフリ(略称)への

 

架け橋になるんじゃないか?

 

と、私は思う。

 

私は一秒も、自分を殺してでも

 

生きたいとは思わない。

 

 

 

殺すなら、自分か、社会か?

 

最後に、読者様に問いかけたい。

 

どうしても会社を辞めたい時

 

 

自分を殺して、会社を生かすか?(現状維持)

 

会社を殺して、自分を生かすか?(退職)

 

 

続ければ自分に、辞めれば会社に

 

我慢を強いることになってしまう。

 

私は、どっちを選択すれば良いのだろうかという

 

岐路に立たされた。

 

辞めたいなら周りの目なんか気にせず

 

辞めればいいんだよ!

 

そんな声をよく聞くが

 

それは、他者に自分の我慢を

 

押し付けていることに、今日

 

気付かされた。

 

意見のある方は是非

 

コメント欄にて、ご教授頂きたい。

 

今回は、自分を優先した結果

 

少し残念な形になってしまった。

 

うーん、どっちを優先すれば良いのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

答えはまだまだ、見つからない。。。

 

 
f:id:jack3140820:20170426235136j:image

 

 鐘崎 裕太

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

押し付けることになってしまった。

 

ですが、これはただのわがままであった